なぜ、人は争うのか?

なぜ、争いは、耐えないのでしょうか?

 

お金持ちになれば、犯罪がなくなると思いました。

でも、お金持ちになっても、犯罪はなくなりませんでした。

 

 

なぜ?

 

お腹が満たされたら、悪いことをしなくなると、思いました。

でも、お腹が満たされても、犯罪はなくなりませんでした。

 

なぜ?

 

なぜ?

 

結局、

 

「心が満たされていない。」

 

だから。

 

戦争も犯罪もなくならない。

 

そう思うのです。

 

心が満たされると、人をうらやまなくなります。

 

心が満たされると、

 

余計なお金も、余計な食事も、贅沢も、

 

欲しくなくなります。

 

では、なぜ?

 

人は、心を満たすことができないのでしょうか?

 

どうすれば、心を満たせるのでしょうか?

 

方法は、二つ。

 

「許すこと。」

 

そして、

 

「夢を叶えること。」

 

この二つができれば、心が満たされる。

 

そう思っています。

 

そして、誰しも、

 

心から「許したくない」とは、


思っていない。

 

つまり、本当に、心の底から「許したくない。」と、

 

思っている人はいない。

 

そう思うのです。

 

実際は、「許したくない。」のでは、なく、

 

「許せない。」のだと、

 

実際は、「許さないといけないのは、わかっているのだけれども、許せない。」

 

そういう葛藤の中にいるのだと、

 

思うのです。

 

「許せない自分」を手放したとき、

 

夢をもてるようになる。

 

「許せない自分」を手放したとき、

 

夢を叶えたくなる。

 

なぜなら、

 

「許せた時」に、

 

自分の心の奥深くの「罪悪感が、拭われる」から。

 

罪悪感とは、

 

自分は悪い人間だ、と思い込んでしまっていることであり、

 

自分には価値がない、と思い込んでしまっていることであり、


自分は、孤独だ、と思い込んでしまっていることです。

 

だから、許すことと、夢を叶えるということは、

 

表裏一体。

 

そして、それが、できれば、心が満たされる。

 

そして、争いも、犯罪も無くなる。

 

そう思っております。