幸せの方程式(6)

【 有=無 ④ 押し潰されそう 】


僕は、偏西風らしき強風帯に押し流され時速800kmで飛び出した。が、ジャンボジェット機が地上へ着陸する前に少しずつ速度と高度を下げるように、僕の体は、時速を800kmから300kmへ、高度を1万mから200mへと変化させていた。


その時、僕の目の前に現れたのは、ブルーハワイシロップをたっぷりとかけたカキ氷に、白い練乳をかけている真っ最中であるかのような富士山だった。


天気は良いが、冬の残雪が残る富士山の頂上付近には、笠雲と呼ばれる白い雲がかかり、富士山頂の輪郭は見えない。


僕の体は、徐々に高度を下げていたが、富士山の裾野に差し掛かってからは一転し、富士山の頂上を目指し傾斜角度を上向きに1度ずつ増やしながら斜面と平行に上昇し始めた。


富士急ハイランドのフジヤマというジェットコースターは、最初、カタッカタッという音を鳴らすと同時に、遊園地内に流れている騒々しい音楽のボリュームを1デシベルずつ落としながら、人が歩くより遅い速さでゆっくりゆっくり傾斜を登っていく。


フジヤマの乗客たちは、地上の音が遠ざかり、そのカタッカタッという音が鮮明に耳に入ってくるに従って、地上から乖離している不安感と、数秒後には地上に叩き落とされて死んでしまうかもしれないという恐怖感から、一定間隔で刻まれるカタッカタッという音を死のカウントダウンのように錯覚し、胸の奥のドキドキ感を最高潮に盛り上げながら、地上80mの最高地点へ向かってゆっくりゆっくり登っていく。


しかし、僕が富士山の斜面を昇っていく速さは、フジヤマが、最高地点を過ぎた後、乗客の身体に加速度Gを与え、お尻は前側へ両肩と頭は後ろ側へと押し出すような力強さを持った速さだった。


海の中にいた時の何万倍かの速さで、富士山の傾斜に沿って、頂上付近まで昇って行った僕の体は、気温の低下とともにブルブルと震え始めた。


僕は「ウー寒い。」と言いながら、腕組みをし、背中を丸め、肩に力を入れて体を温めようとしたが、その時、誰かに背中を押され、僕は押し潰されそうになった。


それは、戦時中でもないというのに人を山のように積んだ朝8時の山の手線の電車が、10秒前にプラットホームに到着し、乗客をお腹いっぱいに呑み込んで自動ドアの扉を閉めようとしている時、


列の最後尾で電車を待っていた僕が、その電車に乗り込みたくてもドア付近にカラダ半分くらいのスペースしか見付けられず、そのスペースに潜り込もうか、次の電車にしようかと躊躇しているところを、


左手でビジネスバッグを力強く握りしめ、右手に持ったハンカチで自分の顔の汗を拭きながら、急いで階段を駆け降りて来た小太りで筋肉質の男性サラリーマンが、


ドアの閉まる0.5秒前に「万が一昨日クリーニングに出したばかりのビジネススーツがドアに挟まってしまったとしても、次の駅もどうせ同じ側のドアが開くから構わない」と頭の中で最悪事態を計算しながら、


ラグビーのタックルさながらに僕の体を奥へ奥へと押し込み、僕が見ていたカラダ半分のスペースに自分のカラダを無理やり詰め込んできた時の、押し潰される感覚に似ていた。




つづく